列車で約2時間30分。
陸路で行く人は少ないのだろうか。
6人掛けのコンパートメントは私だけだった。
ウィーンを出ると市街地が消え、どこまでも黄金色の畑が広がっていた。
私は貸し切りの車内で思う存分くつろぎ、これからの旅に思いを馳せた。
普通なら携帯でブダペストの観光地を探すのだが、オフラインのスマホはカメラ以外何の役にも立たない。
列車内にWi-Fiがあれば別だが、田舎のほうに行けばいくほどWi-Fiなんてものはなくなってしまう。
私は割り切って、日本から持ってきていた世界史の教科書を広げた。
ハンガリーは元々オーストリアのハプスブルク家の統治下にあったそうだ。
その為、中欧の建築の雰囲気を多分に受け継いでいる。
それによって東欧のイメージが強く、経済も他の西欧中欧諸国と比べて力が弱いという状況だ。
私がそれ以外に知っていたことと言えば、温泉とドナウ川である。
どんな温泉なのか、どんな川なのか全く事前情報がなかったが、逆にそれが私の心をワクワクさせた。
ブダペストではどんな景色を見ることができるだろうか。
浮足立ちで、ブダペストケレンフォールド駅へと降り立った。
まずはチェックインの為に宿へと向かう。
今夜の宿は1泊5,800フォリント、日本円で2,400円。
町の中心地でこの値段だ。
ウィーンからたった2時間30分の距離で、こうも物価が違うとは嬉しい驚きであった。
しかもかなり広めの6人部屋だ。
同部屋のおじさんが終始上裸であったことを除けば、かなりコストパフォーマンスが高い宿だった。
ベッドに腰掛けてさっそく今日行けそうな温泉を探した。
ヒットしたのはルダシュ温泉という徒歩20分ほど離れた温泉だ。
カード決済の際に驚いたのは、ロシア人を暗に断る注意書きだ。
そこには「ロシアの銀行に紐づいたカード決済は無効」の文字。
ウクライナ侵攻により、ロシア排除が進んでいるヨーロッパ。
特に中欧東欧諸国ははっきりとウクライナ支援のスタンスを表明している。
チェコでは「プーチンはウクライナから手を引け」という横断幕が教会に高らかに掲げられていたのを思い出した。
日本では、ウクライナ支援の声を耳にしてもロシアを直接非難する市民の声は少ない。
どちらがいいとは言えないが、私は旧ソ連国としての彼らの怒りを肌身に感じることができたような気がした。
ルダシュ温泉は、トルコ風呂のようなドーム型の内装でかなり広かった。
水着で入ることにはかなり抵抗があったが、徐々に違和感は減っていった。
お風呂の温度はかなり低めで温水プールよりはやや温かい。
本を持ち込んでいる人がいたり、女の子のグループが談笑したりしていた。
サウナもドライとスチームの2種類あった。
水風呂こそなかったが、紐を引っ張ると冷水が入ったタライがひっくり返るという謎の旧式シャワーが楽しかった。
ドライサウナでは、ハンガリー女性に話しかけられた。
私が日本から来たことを伝えると、彼女は懐かしそうに元カレの話を始めた。
昔タイ人と付き合っていたことがあるらしい。
日本とタイは全然違うんだけどなぁと内心思いながらも、彼女の話に耳を傾けた。
何でもタイ人の元カレはかなり情熱的だったらしく、毎日のように愛を伝えてくれたらしい。
私自身、初めての海外旅でタイに行き、タイ人の彼氏(らしき人物)が出来たことがあった為、彼女の話にはかなり頷けるところがあった。
彼らの恋愛に対する情熱はこちらが顔を赤らめるくらい直接的である。
結局彼女も私も物理的距離には敵わず、なし崩し的に破局してしまったという点まで同じだった。
まさかブダペストのサウナで恋バナをするとは、、、
旅とはつくづく面白いものだなと改めて実感した日であった。