鈍行列車 ヨーロッパ編

欧州2ヵ月一人旅

ポーランド クラクフ② ショパンとパン泥棒

到着した夜は、ポーランド名物のダンプリグを食べた。

ダンプリングは水餃子のようなもので、様々なトッピングで楽しむことが出来る。

私はトマトソースのものを頼んだ。

1皿40ゾルチ。日本円で1,200円程度する。

クラクフの旧市街の美しさに浮かれて、少々奮発してしまった。

 

夕食を終えて、旧市街をぶらぶらしていると小雨が降ってきた。

雨宿りがてら、目についたレトロな建物の軒下に入る。

どうやらアパートではなく、部外者でも中に入れるらしい。

おそるおそる足を踏み入れてみると、美しい螺旋階段が上階へと伸びていた。

写真を撮ろうと、カメラを覗くと1人の老人が顔を出してこちらに手招きをした。

引き寄せられるように2階へ行くと、そこには1台のグランドピアノと椅子が並べらている小さな部屋があった。

彼によると、その部屋で毎晩ショパンのコンサートを行っているらしい。

値段を聞くと、80ゾルチ。日本円にすると2400円程する。

かなり迷ったが、老人のフランクな物言いが非常に好印象で、ここ数日ワルシャワで浮いた宿泊費の後押しもあり、チケットを購入した。

 

コンサートまでの間、旧市街をあてもなくぶらついた。

雨に濡れた広場はとても美しく、観光客用の馬車をひいているポニーたちが暇を持て余したように草をはんでいた。

すると、10人ぐらいのグループの西洋人の若者が、広場の真ん中に集まりだした。

何をするのかと見ていると、彼らは雨の中大声で歌い出した。

バックストリートボーイズの「I Want It That Way」。

あまりにも有名な曲なので、周りの人たちもノリ始める。

ショパンで有名な美しい旧市街の広場で聞く90年代のポップソングは、そのアンバランスさゆえに広場では際立って響いていた。

 

コンサートは聞き馴染みのある曲ばかりで非常に楽しかった。

ただ1つ面白かったのが、ピアニストが本職の人ではないことが明らかだったことだ。

もちろん彼のピアノのスキルは素人目からみても素晴らしかった。

実は開演5分前に急ぎ足で客席をよこぎる、大学教授のような恰好の男性がいた。

5分後、白いシャツと黒いチノパンでステージに現れたのが、その彼であった。

おそらく、どこかでピアノの先生をしているか、もしくは全く関係のない仕事をしているのだろう。

そのことを想像すると、彼の奏でる旋律に哀愁を感じてしまい、より一層奥深く聞こえてしまうのが不思議であった。

 

ダンプリングだけではお腹が好いてしまったので、夜食に10枚切りのバケット白身魚のお惣菜を買って宿に帰った。

キッチンで夜食にありついていると、50代くらいの女性が話しかけてきた。

どうやら英語が話せないらしい。

ジェスチャーで判断するに、どうやらパンを1切れくれと言っているらしい。

貧乏旅行の為気乗りはしなかったが、断るのも面倒くさいので1切れあげた。

するともう1切れくれという。

私は仕方なくもう1切れ渡し、これ以上は無理だと両手をあげた。

おばさんは満足気に礼を言い、奥の席でパンを食べ始めた。

 

私は普段から複数泊滞在するときは、キッチンに食料を置くことにしている。

ただしこのときばかりは、どうしようかと迷った。

誰かに勝手に食べられるかもしれないという予感がしたのだ。

しかし迷ったはいいもののドミトリー内にはあまりスペースがない。

結局最低限の予防策として、マジックで大きく名前を書き、人目につかない奥のほうへパンと総菜を押し込んだ。

 

翌朝、朝食を食べようとパンを取り出すと、やはり悪い予感は当たっていた。

10枚切りのパンを買って、昨日食べたのが2枚、おばさんに渡したのが2枚。

残りは6枚のはずである。

だが、どう見ても残りは4枚。

パン泥棒が悪事を働いたのは明白である。

こんなことをするならば、昨夜のおばさんのように図々しいけれど聞いてくれたほうが幾分ましだ。

最も泥棒の犯人は、あのおばさんかもしれないが。

そして私はこの日からどんなに食べかけのものでも、自分のベッドで保管することを心に誓った。

ショパンのコンサート会場で手招きする老人