鈍行列車 ヨーロッパ編

欧州2ヵ月一人旅

ポーランド ワルシャワ① 旧社会主義国

翌日はベルリンから長距離列車に乗り、ワルシャワへと向かった。

鉄道会社はDBからポーランドの列車に変わった。

変わったのは鉄道会社だけではない。

エアコンが姿を消し、代わりに大きな開閉式の窓がついた。

 

窓を右から左に流れる景色は見事な田園風景だ。

ドイツもポーランドシェンゲン協定加盟国なので、入国手続きはとくにない。

それでも田園風景の中にふいにポーランドの国旗が見えたとき、ああ国境を超えたのだなとしみじみと感じた。

シェンゲン協定とは、ヨーロッパの国家間において出入国の審査をせずに自由に移動できるという協定であり、ほとんどの国が加盟している。

ただし180日のうち最大90日間という制約があり、90日を過ぎるとその後数か月は協定外の国で過ごす必要がある。

長旅のバックパッカーが非シェンゲンのルーマニアなどの東欧に行ったり来たりするのはそのためである。

 

ワルシャワではある人と会うことになっていた。

3年前に東北でヒッチハイクをしていた彼を乗せてあげたのが、我々の最初の出会いである。

1年前に日本で会った際、ポーランドへ留学していると聞いたので、この機会に連絡してみたのだ。

ワルシャワグダンスカ駅に着いたのは16時頃。

朝の10時にベルリンを出たはずなので約6時間電車に揺られていたことになる。

どうりで首や肩が凝っているはずだ。

 

ワルシャワグダンスカ駅は想像以上に何もない駅であった。

町なかの建物のつくりも非常にシンプルで社会主義時代の面影を残していた。

彼と合流し、今夜の宿へと向かった。

これから2泊、彼が住んでいるシェアフラットの空き部屋でお世話になる予定なのだ。

シェアフラットは古いアパートの一室を6人ほどで使っているらしい。

びっくりしたのは、アパートのエレベーターである。

エレベーターのドアが手動式なのである。

彼はそこに旧社会主義国らしいロマンを感じていたが、私にとっては灰色の無骨な旧式のエレベーターはロマンよりもホラーであった。

 

荷物を置いて外へ出ると、鼻が無性にむずがゆい。

聞いたところによると、ヨーロッパではこの時期花粉症の季節らしい。

私は今まで花粉症を経験したことがなかったので、彼の話を軽く聞き流した。

このときは、後々数週間にわたって花粉症が私の精神を蝕んでいくとは、思いもしなかったのである。

 

社会主義時代に建てられたマンションの窓から